履行障害法の改正-過失責任主義の否定 (JLF NEWS vol.59)

Shinozuka & Noda

篠塚力弁護士による以下の論考は、2015年2月20日発行の日弁連法務研究財団 JFL NEWS Vol.59に掲載されました。


2.履行障害法の改正-過失責任主義の否定

債務が履行されない場合の債権者の救済手段を定めるのが、履行障害法といわれる分野です。債務不履行に基づく損害賠償、解除及び危険負担を中心に契約法の中核領域をなすものです。従って、今回の改正においても、当初から活発な検討が行われました。その結果、履行障害法におけるバックボーンであった過失責任主義が明確に否定されました。このことは、履行障害法における学説上のパラダイムシフトと評価され得るでしょう。

(1)債務不履行に基づく損害賠償-過失責任主義学説の否定/判例ルールの明文化

改正案では、債務不履行に基づく損害賠償に関する判例実務のルールが明文化されました。履行遅滞等の本旨不履行又は履行不能により債務が履行されない場合、債権者は債務者に対し、これらの不履行事実とこれにより生じた損害を請求原因として主張立証することにより、賠償を請求することができるとされています。この請求原因が立証された場合、債務者は、不履行についての免責事由を抗弁として主張立証できた場合のみ賠償を免れるとされました。判例実務において、債権者が債務者の過失を主張立証する必要はありませんし、不可抗力以外の事由で、債務者が一般的に過失がないことを主張立証したからといって、必ずしも免責が認められるとはいえないのが裁判実務のルールです。このルールの明文化により、伝統的な学説が唱えてきた過失責任主義は否定されました。

改正案では、免責事由について、「その不履行が、契約その他の当該債務の発生原因及び取引通念に照らして」「債務者の責めに帰することができない事由」と規定しています。契約の場合においては、賠償責任の根拠を契約の拘束力に求め、従って、免責事由に該当する事由があるかどうかも、個々の契約の趣旨に照らして判断するとしています。もっとも、契約の趣旨に照らして判断するというのは、契約書に詳しく書けばそのとおりに認められるということを意味するものではなく、取引通念を含む当該契約を巡る諸般の事情を総合的に判断することになります。契約以外の場合には、その他の債務の発生原因に照らして同様の判断をすることになります。

このような改正案となったのには、長くわが国の学説をリードした過失責任主義がドイツ特有の理論で、英米仏には見られず、現行民法の条文からも過失責任主義を読み取ることができなかったこと、わが国の判例実務も過失責任主義を採用しているとはいえず、改正に当たっては、定着している判例実務を明文化するのが望ましいという意見が多かったことが理由として挙げられます。

なお、損害賠償の範囲については、判例実務を明文化した案が最終段階で不採用となり、規定上の変化は乏しく、多くの論点が解釈に委ねられたままになったといえます。

(2) 解除-債務者の帰責事由は不要

履行障害法における過失責任主義が否定された結果として、改正案においては、解除するには、債務者の帰責事由は不要とされました。これは、解除が、債務者への責任追及の手段から債権者の契約からの解放の手段へと目的を転換したことを意味します。

催告解除の場合には、債権者は催告して相当期間内に履行がないときには解除できるとし、ただし、催告期間経過時の不履行が「当該契約の趣旨および社会通念に照らして軽微であるとき」はこの限りでないとされています。無催告解除の場合には、履行不能のとき、履行拒絶の意思が明確に表示されたとき、一部不能や一部履行拒絶があって残存する部分のみでは「契約をした目的を達することができないとき」等に、解除ができるとしています。

なお、2つの解除要件の相違から、不履行が「軽微ではない」がなお「契約をした目的を達することができる」という事態が生じるのか、仮に、この場合に無催告解除はできないが催告解除ができるとすると、これは従前の判例ルールを変更するものであるのかなど、残された解釈上の課題が生じているといえます。

(3) 危険負担-民法536条1項を反対債務の履行拒絶権として存置

履行不能による解除について、債務者の帰責事由が不要とされたため、解除の意思表示により反対債務を消滅させるという解除の規定と、履行不能の発生により解除の意思表示に関わりなく反対債務の存続か消滅かが決まる危険負担の規定との抵触が問題になりました。民法534条及び535条は、反対債務が存続するという危険負担における債権者主義を規定し、民法536条1項は、反対債務が当然消滅するという危険負担における債務者主義を規定しています。危険負担における債権者主義は合理性がないとして民法534条及び535条の廃止に異論はありませんでした。危険負担における債務者主義を規定する民法536条1項については、中間試案において解除への一元化が提案されましたが、弁護士会からの提案もあり、従前の危険負担における債務者主義の内容を変更して、民法536条1項については、反対債務は消滅せず債権者は反対債務の履行を拒絶する権利を有するものとして存置し、債権者の解除の意思表示により反対債務は消滅するということで両制度を調整して改正案がまとまりました。